むしろ「産む機会」を!!

今回の柳沢厚生大臣のこの「産む機械」「装置の数は決まっている」発言に対して、私のところにも反響がありましたので、私の思うことを書いておこうと思います。
今回の発言は、2つの視点から問題を感じます。
一つは、男女という視点、もう一つは世代という視点からです。
昨日も超党派の女性議員が大臣に辞任を求めていましたが、「女性を子どもを産む機械
」という認識からの発言なら、性差別もはなはだしく、「政治家である以前に人間として問題だ」という国会の質問の通りだと思います。
「撤回して謝罪した」と言いますが、少子化対策は、厚生省の対応する最も大きな問題の一つであり、その大臣が、こうした理解であることは、辞任を求めるのに十分な理由だと思います。
特殊出生率を上げる立場の人間が、こうした発言によって下げるようなことがあれば、それはむしろ、謝罪どころか、辞任でも責任の取りきれない問題になる恐れすらあるのではないでしょうか。
もう一つ、世代という視点からです。
少子化問題が議論される際に常に思うことでもありますが、少子高齢社会の人口構造は、とくに社会保障など、これまでの社会構造をなりたたせなくしています。
ただこうした状況に対して、すぐに「出生率を上げろ」というのは、あまりにも短絡的ではないかと思うのです。
今回の柳沢大臣の発言も、「女性は機械」という認識と同時に「若者は機械」という認識だったのではと感じます。
最近でこそ高齢出産をする方も増えていますし、そういう方々に対してサポートしていく制度を創って行くべきだと思っています。
ただ、60代70代以上の方々からすれば、自分で子どもを産んで問題解決するというよりは、自分たちの社会保障を確保するために、若い世代に子どもを産めと言っているような部分もあります。
子どもを産むか産まないか判断する世代が、何を考え、どういう答えを出すかと言うことが重要なのではないでしょうか。
産まないという判断であればそれも答えだし、産めないという状況があれば、その問題解決や環境整備をすることで、子どもを産みやすい環境を創っていくことが重要です。
そのためには、世代として、どこに問題があるのかということを真剣に考え、とくに当事者が声を出して行かなければならないならないと思っています。
先輩世代は、当事者としてこうした判断ができるわけではなく、その判断は私たち世代に任せて、少子化がこのまま拍車がかかったとしても成り立つ社会構造を考え、備えて行くべきではないかと思うのです。
それでも出生率を上げるべきだと考えるのであれば、私たち世代の声に耳を傾け、当事者の声から問題解決と環境整備を行うことで、私たち世代に「産む機会」を創るべきだと強く思います。