コメントありがとうございます♪<教育問題>

■「康彦」さん。
コメントありがとうございます。
早速、海陽学園のHPと、日経新聞を見てみました。
私がこういう学校に行きたいか、子どもたちを行かせたいかということは別として、こういう学校もあって良いのではないかと思います。
教育現場において、多様な選択肢を示すことの重要性を強く感じるからです。
とくに公教育においては、これまで、どこにいても同じ教育が受けられるということが一つの大きな価値でした。
学力偏重、偏差値主義などと言われた中では、学校の良さは一つの物差しで計られていたような気がします。
しかし、実際には、人として育つ中で必要なプロセスも、めざす方向もそれぞれではないかと思います。
私が日本一だと思っている自分の母校も、どの人にも当てはまるわけではなく、むしろ私だったからフィットしただけかもしれません(笑)。
学力だけでなく、様々な価値観を重んじた学校があるべきだし、また、その過程においても色んな学校から選べるべきだと思います。
保護者の方々と話をしていると、生活指導などこれまで家庭教育が担ってきていた部分までも含めて、学校教育ですべて見てもらいたいと思っている人も多いように思います。
一方で、私のように、自分たちも、子どものために、少しでも良い学校にするためにと、主体的に関わりたいという方もいます。
まず、当事者である子どもたちにとって良い学校とはどういう学校なのか、次に子どもたちの将来を考える保護者にとって良い学校とはどんな学校なのか、という視点で、それぞれが選択すればいいのではないでしょうか。
公立校の中では、先日も紹介した、保護者や地域と共に、それぞれが特色ある学校をめざすコミュニティスクールという形が出てきました。
学生時代から私はチャータースクールの必要性を言ってきましたが、海外ではすでに、保護者たちがこんな学校を作りたいと申請すると、一定の条件の下に、その学校が公立校として認められるような制度があります。
そういう意味では、日本においては、制度も含めて、もっともっと色んな学校ができるだけの下地を作らなければならないとも思います。
教育を取り巻く環境についてもう一つ気になることがあります。
先日のニュースで、「子どもの学力 家庭所得が影響」と報道されました。
実際には、「教育支出の絶対額の差で成績が決まる」ということです。
東大生と保護者の所得の関係性についても色んなところで指摘されます。
もちろん学歴が重要というわけでも、東大が大事というわけでもありません。
ただ、当事者である子どもたちの能力や資質、努力によってのの評価ではなく、自分たちには関係ない保護者の所得によって、教育の機会均等が損なわれていることには大きな問題があります。
教育に結果平等を求めることは、相応しくありません。
しかし、機会の平等については、必ず保障しなければならないことだと思っています。
少なくとも保護者の所得と学力の因果関係が指摘される中、こうしたことが起こらない社会にしていくために、私たちは政治の中でもしっかり仕組みを創って行かなければならないと強く感じます。