コメントありがとうございます♪<政治教育ほか>

■「林」さん。
コメントありがとうございます。

<実際に関わっている人間にしか、その苦労は分からない?>
確かにそういう部分もあると思います。
実際に子育てをしてみて、子育てしていなかった頃には、分からなかったこと、考えても見なかったことが分かるようになってきたような気がします。
ただ、苦労が分からない人は意見を言うべきではないのかと言うとそうではないと思います。
実際に中学生の親として日々を過ごしていると、中学生の親だからこそ、はじめて分かることもあります。
しかし、そういう経験なく教育現場にいる人もいます。
ただ、娘の幼稚園の先生の中にも、息子の学校の先生の中にも、親としての経験がなくても、頑張っている先生たちもいます。
経験からくる現場の意見は重要だとは思いますが、様々な方々が意見を述べながら、議論をし、意見を交えることで、より良いものを創るということも大切なことであり、政治の世界では、むしろこうした考え方の方が重要なことだと思っています。
政治家になる前に、「『誰が言うか』より『何を言うか』が評価される世の中にしたい」と言っていました。
例えば、学生が言った素晴らしいことより、教授が言った大したことないことの方が評価をされたり、会社の中で、新入社員の素晴らしいアイデアより、課長のつまらない意見が通ったり・・・
社会の中では、物事の内容より、発言者のことが重く捉えられるケースがあります。
大事なのは、中身であり、何を目的にした話で、どの意見が一番目的に近づけるかということではないでしょうか。

<学校現場で”生の政治”>
政治をどのように捉えるかですが、民主党・自民党といった具体的な政党。
実存する候補者や政策を扱うことが生の政治なのでしょうか。
政治教育における模擬選挙の有効性はもちろん理解していますし、模擬選挙が広がってきたことは率直に評価しています。
ただ、自分に関わる問題の意思決定過程に参加することを、広義で政治と捉えることもできます。
その場合、中高生にとって、むしろ生徒会活動の方が生の政治と言えるのではないかと思ったりもします。
先日、コメントへの返信として、政治教育に触れた際にも、先進的な海外の事例ということで、ドイツでは選挙前に各党の政策比較を行ったりしている学校があるほか、学校協議会の中で生徒代表が学校経営に加わっているほか、州レベルの教育行政にも影響を与えていると紹介しました。
政策比較や模擬選挙は、実際に自分が政策判断や候補者判断をする際のスキルをつけるものだと言えるのではないかと思います。
逆に学校協議会や州レベルの教育行政に意見を言うことは、当事者として物事を変えることに関わっていることになります。
そういう意味では、自分の変えなければいけないと思ったことを実際に変える経験をつけることにもなります。
政治リテラシーという言葉をつくった際に、育成すべきものとして意識したのは、その双方ですが、私自身の経験で言えば、高校時代、生徒会活動として自治を行ったり、生徒会連盟というう県内の高校の生徒会ネットワークをつくり、自分たちの主張を学校側や教員たちはじめ教育委員会、自治体とも議論したりはしましたが、模擬選挙は体験しませんでした。
子どもの権利条約に基づく子どもの権利の主張をしたり、選挙権年齢の引き下げを求める活動はしましたが、議員インターンシップには参加しませんでした。
どちらが大切かは分かりませんが、両輪の一方が、なかなか進んでいない印象もあります。
地方政治は民主主義の学校と言われたりします。
その地方自治に参加する前に、さらに民主主義の基本を体験をすることこそ生の政治を体感することではないかと考えたりもします。

<自治体が政治教育を支援していくこと>
この部分については、私自身、Rightsで活動してきたにも関わらずできていませんでした。
政治リテラシーという言葉を創った者の1人として、少なくとも市川市が、政治教育先進市と言われる自治体にしていけるようにしていきたいとあらためて思いました。
早速、調査し、実現に向けたプランを作成していこうと思います。